ゼニス マニュファクチュール

ゼニスの歴史

ゼニスの歴史は1865年、スイスのジュラ山脈から始まります。創設者はジョルジュ・ファーブル・ジャコ氏。

彼がまだ22歳という若さのときでした。

成功は意外なほど早く訪れます。10年後には1000名以上の従業員を擁する会社に成長しました。当時は懐中時計や軍事用の計測器などを生産していました。

1911年、ジョルジュ・ファーブル・ジャコは、それまで自分の名前を冠していた会社に不滅の名前を与えます。

「マニュファクチュール ゼニス」

伝説によると、彼はある晩に星空を眺めながらスイス山中を歩いているときに、天空の最高点(ゼニス)という名前を自らの最高のムーブメントに与えようと思い立ったそうです。彼は、自らの会社にもゼニスという名前を与えました。

ゼニスのシンボルマークである星は、このことに由来しています。ジョルジュ・ファーブル・ジャコが機械的時間と宇宙的時間に特別な関係を見出していた証拠です。

1920年までに、およそ200万個の時計が生産されました。その情熱を世界中に伝えたいという願いからジュネーブ、モスクワ、パリ、ウィーン、ロンドン、ニューヨークに支店が開設され、国際的な歴史をスタートさせます。

1930~1940年代になると、民間航空産業などの進歩に伴い時計産業も、より高度なものを求められるようになります。ゼニスもフランス海軍や英国海軍、イタリア海軍などに採用されます。

そして1969年、毎時36,000振動で時を刻む自動巻クロノグラフムーブメント「エルプリメロ」が誕生します。

このムーブメントは現在も世界最速かつもっとも精密な自動巻クロノグラフの地位を守っています。

しかし皮肉なもので、1970年代にはクォーツが現れました。ゼニスはクォーツの時代を受け入れることになります。

「エルプリメロを捨てろ!!」

トップダウンの指示をどうしても受け入れられなかった技術陣は、全ての精密工具と設計図などをひっそりと隠しておいたそうです。

蘇る「マニュファクチュール ゼニス」

1980年代、再び機械式時計が評価されるようになり、保存しておいた機器により復活したエルプリメロは他の時計製造者などからも注文が殺到するようになります。

そしてマニュファクチュール ゼニスの完全復活。それ以降、スリムな「エリート」というムーブメントなど、新しい時計の開発に取り組むことになります。これまでに積み重ねたノウハウと自信に支えられ新しい一歩を踏み出したのでした。

そして、その後、新生ゼニスの時代に入ります。1999年、ゼニスはLVMHグループに仲間入りしました。

クロノマスターオープンなどのヒットモデルもトゥールビヨンも新生ゼニスの賜物です。